Queen Lili`uokalani : 1838?1917
ハワイ王朝8代目の王で最後の王。
『Aloha O’e(アロハ・オエ)』(=あなたに愛を)の作曲者として知られています。
本題に入る前にちょっと横道へ...
アロハ・オエは『悲しみの曲』として捉えられていますが、ハワイで作られる詩には、複数の意味があったと
言います。(このような作り方を「Kaona(カオナ)」と言います。)
言葉の示す表面的な意味とは別の意味が隠されています。
カオナの伝統を念頭に置くと、アロハ・オエにも重層的な意味合いがあると考えられます。
愛する人との別れを惜しむ気持ち・再会への希望・ハワイの自然を讃える気持ち・ハワイの起源を語る
創世神話「クムリポ」など、ハワイアンの伝統と文化を大切にする気持ちがみてとれます。
なお、ホノルルのダウンタウンにあるワシントン・プレイス(現知事公邸)には、アロハオエを作曲した際に
使用したといわれるコア製のグランドピアノが保存されています。
このピアノはコアの資材をニューヨークに送り、職人の手でグランドピアノに作り上げられ、
リリウオカラニ女王に捧げられた歴史あるピアノだそうです。
Aloha O’eといえば、女王の親友で女学校の校長先生であったゾイ・アトキンソン女史に
自らが作曲した『Aloha O’e』の文字を入れたゴールドをプレゼントしたと言われています。
1862年リリウオカラニが当時親交の深かったイギリスのヴィクトリア女王の喪中
(アルバート公死去の追悼)のために作らせたジュエリーがあります。
これが「ハワイアンジュエリー」の始まりだと言われています。
(正式名称は「ハワイアン・エアルーム・ジュエリー」(代々伝わる家宝)です。)
このジュエリーは、ゴールドにハワイ語で『Ho`omana`o Mau』(=永遠なる想い)の文字が刻まれ、
黒のエナメルが焼き付けてありました。
ちなみに、フラを踊るときには、ハワイアンジュエリー等は一切身に着けません。
ハラウによっては、時と場合に応じてバングル等を認めているようですが、伝統的カヒコでは着用しません。
さて、ここから本題です。
ハワイには、カメハメハ大王をはじめ多くの銅像があります。
リリウオカラニ女王の銅像もイオラニパレス(アメリカ唯一の宮殿)とハワイ州政庁の間にあります。

1982年に建立されたこの像は細部にわたるまで実によく造られており、
首には王族の象徴であるLei niho palaoa(鯨の骨で作られたネックレス)がかけられ、
左手には「Aloha O’e」の楽譜とハワイの創世神話・クムリポの草稿、そして発布されることのなかった新憲法を持っています。

この銅像は「リリウオカラニ女王の精神」と名付けられているのですが、
どういうわけか州政庁の方を向いて建てられているのです。
つまり、”アメリカ”の方を向き、ハワイ王朝のシンボルでもあるイオラニ宮殿に背を向けるようにして
建っているのです。
イオラニ宮殿は、白人によるクーデターが起こった際の舞台となった場所で
リリウオカラニ女王が8ヶ月間幽閉された場所であることからこの向きになったという説も
あるようですが、真相は定かではありません。
あくまで個人的な見解ですが、その立ち方から背を向けているというより、外圧に屈せずハワイを守ろうと
立ちはだかっているのではないかと感じます。
「悲劇の女王」と形容される、リリウオカラニ女王
とはいえ、ハワイの人々にとってはやはり特別な存在であり、フラやチャントの主題として
数多く取り上げられています。



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