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2009年9月アーカイブ

天然の地下水源

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ハワイは、当然ですが、各島とも周りを海に囲まれた孤島です。

1000年近い長きにわたり、ハワイでは泉や小川から離れて暮らす場合、新鮮な水を手に入れることが

出来ず、海水混じりの不衛生な水を飲まねばなりませんでした。

残念なことに、当時のハワイアン達は、自分たちが純度の高い巨大な水源の上に暮らしていることに

気づいていませんでした。

 

20世紀に入り、地質学や水路測定学が進歩し、ハワイの地下に巨大な天然貯水池が存在することが

明らかになりました。

ハワイの島々には、空の雨雲を捕まえる高い山々と溶岩ガスが噴出した後に残される大空洞が

地下深くに存在します。

それが、ハワイに住む人々に大きな恵みをもたらすことになります。

 

ハワイ周辺の海では絶えず水蒸気が発生しておりコレが暖かい湿った空気となって、貿易風に運ばれ

ハワイ上空へとやってきます。

そしてハワイ山脈にぶつかり上に押し上げられ、雨雲となって雨を降らせます。

高山地帯に降った雨は、小川となって山肌を流れ落ちるだけでなく、火山岩質のハワイの山々にある

無数の溶岩ガスの噴出孔(多孔性の溶岩)に開いた空気孔に吸収され濾過を繰り返しながら地底へと落ち、

地下に巨大な水源を形成しているのです。

この水源は断面が凸レンズの形をしていることから、通称「レンズ」と呼ばれています。

 

レンズが海面より低い位置に形成された場合、海水が流れ込む事がありますが、比重の高い海水は、

真水のしたに沈むため水源が汚染されることはありません。

山の中腹で、浸食によって塞がれてしまった溶岩孔に穴をあけると新鮮な泉が湧き出します。

これが、オアフ島・ワイキキやホノルルの過密な人口を支える上水道となり、観光客や住人の喉を

潤しているのです。

ハワイに行ったら、自然によって作られた水のありがたさを感じたいものです。

 

pohaku : 石

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ハワイ諸島がまだハワイ人だけのものであった頃、すなわち19世紀初頭にカメハメハ大王が

ハワイ諸島を統一する頃までは、ハワイ各島では、

クー、カネ、ロノ、カナロアの四大神をはじめ、「八百万の」神々、精霊が信仰されていました。

カメハメハ大王も守護神として、戦いの神クー・カイリ・モクを厚く信仰していました。

 

それらの神々や精霊に祈りを捧げる場所として、ヘイアウ(神殿)が建設されました。

建設にあたっては、その土地の大酋長の命令で、カフナ・クヒクヒ・プウオネと呼ばれる技術神官が

設計を行い、酋長の治める土地の人達総出で建設にあたりました。

大きなヘイアウは、熔岩を城壁のように積み上げて作られたために、多くの人手を必要としたといいます。

カメハメハ大王は、予言に従ってハワイ統一祈願のためのプウコホラ(鯨の丘)・ヘイアウという壮大な

ヘイアウを建設したときには、平民階級のみならず、貴族階級、そして大王自らもが石を運んだと

言われています。

 

ただ、古代ハワイの宗教は何も大がかりなヘイアウだけを舞台としたものではなく、もっと深く人々の

生活に根ざしたもので、一般の家屋にも、「ポハク・オ・カネ」(創造神カネの石)と呼ばれる大きな石が

据えられているのが普通でした。

この石の周りには通常、ティーの木が植えられ、もっぱら男性の手で、豊穣の祈りなどが捧げられたと

いいます。

ポハク・オ・カネとヘイアウの中間の規模のものとして、海辺や川沿いには、「コア・クウラ・ホオウル・イア」(略してコア、と呼ばれる)という祈祷所がありました。

そこには、魚の形をした石が置かれ、漁の神であるクウラに祈りが捧げられました。

また、多くの場合、コアは2つ対になる形で設置され、片方は漁の女神、ヒナヘレのためのものでした。

その他、カヌーの安全航海など様々な目的で祈祷所が建てられましたが、

いずれもその中心にあったのは「石」(ポハク)であり、古代ハワイの人々が、霊力(マナ)の宿りどころとして、

いかに石を大切にしてきたかがわかります。

 

カメハメハ大王は、実在の人物ですが、神格化された言い伝えも多くあります。

その1つに”ナハ・ストーンの伝説”があります。

現在、ハワイ島ヒロの市立図書館前にある3.5トンもある巨石ですが、

  「ナハの石を持ち上げた者は天下を制する

(ただし、トライして失敗した者は頭を割られる)と代々言い伝えられていました。

この石を、15歳のカメハメハが見事に持ち上げたと言われており、後年言い伝え通りにハワイを

統一します。

 

ほかにも石にまつわる話をいくつか紹介します。

ワイキキのクヒオ・ビーチ、ホノルル警察分署のすぐそばには「カフナ・ストーン」「ヒーリング・ストーン」とも呼ばれている「魔法の石」があります。

この石は、16世紀にタヒチからハワイにやって来た4人のカフナが、各々のパワーを石の中に封入したという伝説が残されており、4人のカフナたちは、この優れた”ヒーリング・パワー”でハワイの人々を癒し、タヒチに帰って行ったといいます。

 

——- 世界の人々が、ハワイに訪れるのは、この「魔法の石」の癒しのパワーに引き寄せられているのかもしれません。

 

オアフ島中央部に広がるパイナップル畑の中に、王族の女性達が子供を出産したと言われる場所があります。

その場所には、いくつもの石が点在しており、中でも最も大きな石は、母親が出産しやすい姿勢で座れるように掘られているそうです。

この石は”バースストーン”と呼ばれ、ここで生まれた子供は、強く賢くなると信じられていました。

現在では、子供を望む女性がこの石に触れると子宝に恵まれると言われ、たくさんの供え物が捧げられています。

 

マウイ島・ナハイナ港の岸壁の海側(図書館の裏手)の波打ち際にいくつかの石が集まっているところが

あります。

この中で、特に大きく目立つ椅子の形をした「ハウオラ・ストーン」があります。

昔、ハウオラという女性が、敵から身を守るために神によって石にされたという言い伝えがありますが、

 他にも「この石に座ると子どもを授かることが出来る」とか

 「海に向かってこの石に座り、寄せる波に足を洗わせると、病気や怪我が治った」とか

 「生まれた子どものへその緒をこの石の上に置くと、その子は強く健康に育つ

などの言い伝えがあるそうです。

この石はハワイの中でも、ひときわ強いヒーリング・ストーンだといわれています。

 

ハワイでは、ヘイアウのような生命に関係する場所にある石を勝手に動かしてはいけないというカプ(タブー)があります。

これは、石にはその土地その土地の「命」が宿っているとされるからだそうです。

 

 

anuenue: ハワイと虹

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ハワイ州は、「虹の州」と言われるように、頻繁に虹が発生します。

そんな虹はハワイの象徴ともいえます。

虹はハワイ語でアーヌエヌエ(’anuenue)と言います。

また、「神聖な雲」という意味からアオ・アクア(ao・akua)とも呼ばれています。

 

ハワイでは虹に関する次のような神話があります。

メネフネ(カウアイ島に住んでいたといわれる小人族のこと)の伝説によるとメネフネは、雨降りの

どんよりとした空の色を嫌い、”虹”を掲げたと言います。

6色の材料(赤:王家を象徴する赤い羽根のカヒリ/オレンジ:イリマの花/黄:バナナ/緑:シダの葉/

青:深い海水/紫:女王のドレス)を使い、強いマナを持つカフナ(聖職者)が混ぜ合わせ、そこに

サトウキビの茎を入れて取り出しました。

茎についた雫は太陽の光を受け6色に光り、カフナはその雫を弓に付け空に向かって放ちました。

その雫が雨粒に蓄えられ、その後、雨が降った後には虹がかかるようになったといいます。

 

ハワイの人々は、虹が出るとこの伝説を子供達に話して聞かせたのだそうです。

 

ハワイが「虹の州」と言われる所以は、色々な所からも見て取れます。

ご存じのように、ハワイのナンバープレートには虹が描かれていますし、銀行のロゴになったり、

ホノルル大学のキャンパスは「Rainbow Campus」と呼ばれています。

また、ハワイ大学の野球チームのチーム名は「レインボーズ」で、そのホームグラウンドは

「レインボウ・スタジアム」。女子バレーボール・チームは、「レインボー・ワヒネ」なんだそうです。

さらに、ホノルルにあるカメハメハ1世の銅像が、ヘルメットのようなものをかぶっていますが、

コレは虹を表しているという説がありますし、

様々な肌の色の子供達が、一緒に学び、遊んでいる様子から子供達を「虹の子供達」と表現します。

 

ハワイでは、虹に関して様々な言い伝えがあります。

・ハワイで虹をみると、またハワイに戻れるという言い伝え

・「ナイトレインボー」若しくは”Moonbow“と呼ばれる月の光に照らされてごくまれに現れる

夜の虹は、古代ハワイ人の時代から、見る者にとって「最高の祝福」と言われています。

また、「自分の先祖たちがこの虹の橋を渡ってきて、大いなる癒しや祝福を与えてくれる」と言われています。

 

よく観察していると「ダブルレインボー」と言われる二重の虹や、「奇蹟の虹」と言われるトリプルレインボーも見られます。

 

 

Mahalo E Ke Akua No Keia La

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Mahalo E Ke Akua No Keia La.

「今日の日を神に感謝します」

 

結婚を迎えた日に使う定番的な言葉ですね。

日本風に言えば、「私たち結婚しました。」というところでしょうか。

 

フラに興味を持ち、ハワイの文化にふれるようになってからというもの、いろんな意味で

「感謝」という気持ちを強くもつようになった気がします。

 

人との出会い、言葉の大切さ、自然との接し方・・・

ほんとにたくさんのことを学ばせていただいています。

 

私が住む鎌倉周辺はとてもフラの盛んなところですが、それ以上に自然の多いところです。

DSC_3218.jpg

 

海あり、山あり

自然に対して「感謝」するというハワイアンですが、そんな非現実なことを肌で感じられる場所です。

DSC_3213.jpg DSC_3215.jpg DSC_3231.jpg

鎌倉に引っ越して来るまでは、空すらまともに見てなかった私ですが、

フラと出会い、そして身近にある自然にたくさん接することで、ちょっとした自然を

自然と見るようになりました。

 

これから、鎌倉は紅葉のシーズンに入っていきます。

さらにたくさんの自然に目を向けていけるよう、日々に感謝しながらハワイの文化にも

ふれていけたらと思っています。

 

 

Mele.mele

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万国共通で神聖な色と言えば白ですが、国によって特別な意味を持つ色が存在します。

 

ハワイを含むポリネシア一帯では赤がとても神聖な色でした。

血液や溶岩を象徴する色として、またオヒア・レフアを差す色でもあります。

 

赤い色のものは、通常クー神に捧げられ、赤色の魚はロノ神に捧げられました。

また、火山の女神・ペレのための色でもあり、ペレを先祖に持つ家系では亡くなった際

その亡骸をHā`ena(ハーエナ:赤色のカパ)にくるんでキラウエア火山の火口に

投げ込んだといいます。

 

ペレを題材にしたMeleで踊る時に赤い衣装を身にまとうのはそのためです。

 

さて、ハワイには白や赤以上に神聖視された色があります。

それは、Malemele:黄色です。

 

黄色のカバ布はカーネに奉納され、フラの女神を奉ったラマの木は常にオーレナで染められた

黄色のカパ布で巻かれていました。

トカゲの神であるモオをアウマクアに持つ人々の遺体は黄色のカパに包まれれ奉納されたそうです。

 

また王族や首長の女性が愛用していたlei hule(レイ・フル)も黄色の羽がメインに使われて作られ

`ahu`ula(アフウラ:マント)やmahiole(マヒオレ:ヘルメット)など、神々をイメージするものも

黄色を基調に作られるものが多かったようです。

 

 

茉莉花: Pikake

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             【学名】Jasminum sambac

             【ハワイ語名】 Pīkake

             【英名】Arabian Jasmine

             【和名】マツリカ(茉莉花)

             【原産地】インド

 

Pikake.jpg

インドネシア(1937年制定)・フィリピン(1990年制定)の国花

サンスクリットのマリカー (mallikā) が語源。

ハワイへは、中国から導入された外来種で、省略形の「茉莉(まつり)」は、

現在ではジャスミン類の総称とすることが多い。

 


 

ピカケはハワイ語で『孔雀』の意。ジャスミン、花嫁に贈る花。

結婚式の朝、蕾の状態で摘んだピカケでレイを編み、初夜ベットサイドにかけておくとという習慣があります。

朝になると白からピンクに色を変える事から「花嫁の恥じらいの花」と呼ばれています。

プリンセス・カイウラニが愛した花としても知られており、彼女の館があったワイキキ・アイナハウ周辺で

生い茂り、彼女が愛したクジャクがこの花の林の中を歩き回っていたことから、ピカケ(孔雀)と

名付けられたといわれています。

 

ピカケレイは男性から女性へ贈られるレイでその数によって意味があります。

1連で「友情・デートの申し込み」、2連は「恋・気軽なデート」、3連は「本気」、4連は「愛の告白」、

6連以上で「プロポーズ」なんだそうです。

 

香りも高く綺麗だからといってハワイ通の女性に、誤って沢山のピカケレイを贈らないように気をつけないと

いけませんね(笑

 

余談ですが、23歳という若さでこの世を去られたハワイ王朝最後の王女・カイウラニ王女の

生涯をつづった映画が製作されています。

PrincessKaiulani.jpg

今春には公開?という話があったようですが、もう公開されたんでしょうかね?

↓こちらはその予告編です。興味がありましたらどうぞ

http://www.youtube.com/watch?v=X9PGflvRyLk

 

 

mahalo mai ka pu`uwai

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懇意にさせていただいてる先生の教室が5周年を迎えられ、記念Hoikeが開催されるとの

ことで2時間電車に揺られて見に行ってきました。

 

”mahalo mai ka pu`uwai”と銘打ったHoikeでしたが、そのタイトル通り

”感謝”に溢れたステージでした。

ハワイからKumuもこられて、先生や生徒さん以上にその喜びと感謝を表現されてたのが

とても印象的でした。

 

P1070814.jpg

 

フラは「踊っている」のでなく「踊らせていただいている」のだという話をよく聞きます。

 

大地の話もそうですが、ハワイの人々の考え方は「無私無欲」なんですよね。

 

さて、話がそれてしまいましたが、今回のステージを見させていただいて、感じたこと…

それは、「上手く踊ろう」とか、「失敗したらどうしよう」というような自己的な思いではなく

「見にきてくださってる方(家族、友人、支えてくださった方々)」にほんとに感謝の気持ちを

伝えようとされているのが伝わってきたこと。

 

数々のステージを見させていただいてますが、こんなに温かい気持ちになれたのは初めてかもしれません。

 

まだ、Hulaになんの興味もなかったころ、初めてHulaのステージを見に行った時の感動を

思い出しました。

当時は、それこそ「腰振りダンス」程度にしか思ってなかった自分が恥ずかしく思えるほど、

ビンビン伝わってくるものがあったのを今もハッキリ覚えています。

 

P1070839.jpg

 

お誘いくださった先生、素敵なステージをみさせてくださったみなさんに

 mahalo mai ka pu`uwai (心からありがとう)

 

 

 

Hulaをやってる人は、よく耳にする話だと思いますが

その理由は、Hulaが神聖な儀式のためのものだったからといわれています。

 

現在では古典フラとして区分けされているカヒコですが、

KahikoにはAuanaと違い伝統的な儀式やカプが存在し、力強く、厳粛なものでした。

また、Kahikoには大きく分けて二つの区分がありました。

一つは神殿内のHula、もう一つは神殿外のHulaで、両者はまったく違う方向性のものだったと

いわれています。

 

中でも「聖なる踊り」と呼ばれるPahu Hulaは、Hula Kapuと呼ばれる

Kapuの掟の中で守られ、隠されたHulaの事を指す神聖なものでした。

Pahu Hulaは「祈り」が中心軸に置かれ、厳格な宗教儀式であったため、

演劇的かつ解釈的な要素は一切含まれておらず、女人禁制のヘイアウの中の祭壇で

行われていた、神々を奉る宗教的な儀式に組み込まれた踊りでした。

 

Pahuが、フラにまつわる楽器の中でも特に神聖視され、ある一定の地位以上の

ごく限られた人だけが触れることを許されたというのも頷けます。

 

ちなみに、Auanaでもそうですが、`Aiha`aポジション(中腰状態)はフラの基本中の基本と

いわれますが、Pahu Hulaはその原型と言われる、Ha`aスタイルといわれる膝を曲げた状態で

踊られていたそうです。

 

 

話はそれましたが、このような女人禁制の中で儀式として踊られたHulaがあったことが

フラは元々男性しか踊ることが許されなかった」という伝承の元になっているようです。

 

 

ここからは、余談です...

日本の国技といわれる相撲もそうですが、神事に関する事柄では女人禁制とされる風習が

同じようにあったことがわかります。

Hulaは、古代から受け継がれてきたハワイの伝統的文化であることは周知の事実です。

日本のフラ教室でも「伝統文化」とうたっているところはたくさん見かけます。

その割には「男性には教えられない」というところが多いのはなぜなんでしょうね?

 

Kene Hula人口が増えることを願ってやまないおやじの独り言でした(笑

 

 

Hula Noho

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ハワイアンの文化の中で最も神秘的とされる「ノホ」。

 

Hula Noho.jpg

一般的に言われる「フラ・ノホ」は”座踊”のことで、

古代ハワイイでは威厳と品位がある踊りとされ、コーラニ(kōlani)とも呼ばれました。

これは、王族の足下の前面に座って踊られたフラで、

大切なアリイを誉め讃えて踊るときに座って踊るということは

踊り手の頭や手・腕がアリイの頭より上に行かないので

ふさわしい姿勢だったといいます。

 

「フラ・ノホ」は王族の目の前で踊るということで、その昔は真価をとても認められていました。

 

20世紀初頭には女性が腰をふらず足を広げずに踊れる

唯一の慎ましいスタイルとして受け止められていました。

 

もうひとつのノホ・スタイルは神降ろしの儀式としてのものです。

 

神々を奉るヘイアウの祭壇に建てられたアヌウと呼ばれる白いカパの布が張られた

三階建ての神託の塔の上で行われた儀式には選ばれた二人の男性しか

踊ることができなかったという記述が残されています。

 

ノホ(noho)とは、基本的に席や椅子、鞍のことを指し、座る、留まることに

関連しますが神や魂が取り憑いた「ハカ(霊媒)」のことを意味します。

 

Ka Lei

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ハワイでは今日、誕生日や卒業式、結婚式、就任式、退社祝いなどさまざまな場面でレイを贈ります。

また、華やかな場面だけでなく葬儀などでも使われるなど日常生活に溶け込んだ習慣となっています。

 

レイの起源は、ポリネシア人がジンジャーの花びらでレイを作って贈る習慣を持っていたことだと

されていますが、生の草葉は永久に残るものでないためどういう風習でいつごろから作られるように

なったのかは推測の域をでません。

 

 

レイは、フラを踊る際にも大切なアイテムでauanaを踊るときはMaleの内容や歌われている土地に

応じた色とりどりの花が使用されますが

古代では、レイは「神に近づく印」とされ、宗教的な儀式において用いられていました。

そのため、自然やアウマクアを讃え、神に捧げるHula(Kahiko)では重要なアイテムであったとされます。

これらの儀式は神聖なものであったため、現代で使われるような鮮やかな色彩の花は使わず

マイレやティ、パラパライといったグリーンが用いられました。

なお、グレーンレイは本来レイとはいわず、「キノラウ」もしくは「ラカ」と呼ばれます。

 

また、レイは「自然からマナを引き出すもの」とされるため、使用する日の朝に山で摘んだものを使います。

山や樹、花の神々に感謝の気持ちを捧げ、チャントを唱えながら草花を摘みます。

出来上がったレイは、決して人前では身につけず、チャントを唄いながらつけるのが正統とされています。

 

人がつけたレイにはその人のマナが宿るため、良しも悪しも「マナが移る」ということから、

他人には渡してはいけないとされています。

また、妊娠中の人は「赤ちゃんのへその緒に絡んでしまう」という伝説があり、

輪になったレイはせず、オープンタイプのレイが用いられるそうです。

 

 

レイがハワイの人々にとって大切なアイテムだということが伺える話があります。

それは、レイが輪になっているのは、

 「ALOHA」の心が永遠に続きますように

という願いが込められているからだということです。

 

このように、レイは単なる飾りではなくハワイの人々の「ALOHAな心」がこもったもので

作るとき、身につけるときは、そういう想いや願いを少しでも感じ取りたいものですね。

 

 

バナナ:Mai`a

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【 学名 】Musa paradisiaca

【 ハワイ名 】 Mai’a

 バショウ科バショウ属(もしくはバナナ属)

【原産地】食用バナナの起源は東南アジア.

     現在主流となっている種なしバナナはマレー半島が原産

 

50以上の種類があり、古くから食用に改良され、東南アジアから太平洋一帯にかけて分布域が広がります。ハワイへはポリネシア人によって持ちこまれました。


 

日本では、昨今「バナナダイエット」として女性に脚光を浴びているようですが、

ハワイの伝説によれば、カーネとカナロアがハワイに持ち込んだとされておりカーネが育てるのが

上手いといわれています。

また、カナロアのキノラウ(化身)とされているおりハワイアンにとっては神聖な食べ物でした。

そのため、アリイとカフナだけの食べ物であったという話があったり、「マイア・レレ」と呼ばれる

種は「愛の魔法」に使われたという話もあります。

*レレは「空を飛んでいく」の意)

 

特に女性は、黄色く熟した「マイア・イホ・レナ」と「マイア・ポポ・ウラ」は食べることを

禁じられており、食べたことが知れると死が待ち受けていたといいます。

ちなみに、このカプ(禁忌)はカメハメハ大王が亡くなり、リホリホが廃止するまで続きました。

 

フラ関係者もサトウキビやタコと同じように食べてはいけない食物とされていました。

これは、バナナの皮が滑ることから「振りが滑り落ちる(=忘れる)」とされ、やはり縁起が

悪いとされていたためです。

 

 

ハワイでは、バナナの夢は縁起が悪いといわれ、バナナを運ぶ者と出会うことや船に乗るときに

バナナを持って行くのは不運をもたらすとも言われていました。

また、笑って話すのは「熟れたバナナ」、美しい人は「若いバナナの葉」といった比喩的表現に

多く使われていたことなどから、古くからハワイの日常生活に深く根づいていた食物といえます。

 

 

ため息とha

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夏の喧騒もひと段落して、日増しに秋を感じられるようになりました。

秋になると物悲しさを感じて思いにふけってみたり、

ついついため息をついてしまっている自分に気づきます。

photo.jpg

 

さて、ため息というと日本では「幸せが逃げる!」なんてことをいいますが、

ため息って、「はぁ∼」と息を吐き出しますよね。

 

ふと思ったのが、ハワイ語の「ha」

 

これまでも、何度か書いてますが

「ha」は息やエネルギーを意味する言葉で転じて「命」や「魂」を意味します。

 

「ha」と「はぁ∼」・・音も似てますが、意味としてもどことなく

相通ずるなぁと感じたしだいです。

 

ため息も本来はよくない気を体外に吐き出すための行為であると言われていますので

「幸せ」が逃げるというのは迷信(?)なのかもしれませんが、

こうして日々何かしらハワイの事柄と関連付けて考えていると楽しくなってしまいます(笑

 

 

 

英名: The Epic Tale of Hi`iakaikapoliopele

Ka_Moolelo_o_Hiiakaikapoliopele.jpg

 

たまたま目にしたこの本。

Hulaの“原点”ともいうべき、ペレとヒイアカの神話。

KahikoのMeleとしても数多くの主題になっている「原典」といえます。

 

口承でのみ伝えられてきたそれらの物語は、これまで”文字”として本になっていませんでした。

ですので、その内容を詳細に知りたくても、人づてに聞いたり、meleの内容を勉強して読み解いたり、

物語の一部を断片的に紹介された文章を読んだりするなどしても、一部を知ることしかできませんでした。

 

この本は、2007年9月に英語・ハワイ語の両方で出版され約500ページに渡って、375のチャントが

掲載されているようです。

 

これは是が非でも目にしたい本なのですが、どうせ読むならハワイ語の本を読んでみたいです。

といっても、辞書無しではおそらく読むことなどできないのでハワイ語の勉強も兼ねて辞書片手に

秋の夜長に読書にふけってみたいと思ってます。

 

Ka_Moolelo_o_Hiiakaikapoliopele2.jpg

※以下、本書についての解説を引用します。

This ancient saga, transcribed for the first time from the original Hawaiian-language serial column, details the quest of Pele’s younger sister, Hi`iakaikapoliopele, to find the handsome Lohi`auipo and bring him back to their crater home. Graced with a magical skirt and wielding supernatural powers, Hi`iaka and her companions make their way through dangers and ordeals, facing spectral foes and worldly wiles. It is a very human account of love and lust, jealousy and justice, peopled with deities, demons, chiefs and commoners.


This captivating five-hundred-page transcript of Ho`oulumahiehie’s original, articulated with 375 chants and lavish illustrations, showcases his profound cultural knowledge and engaging style for English audiences. It highlights Hi`iaka’s role as a healer, source of inspiration, and icon of the hula traditions that embody the chants and dances of Pele and Hi`iaka. This is the most extensive form of the story every documented, offering a wealth of detail and insights about social and religious practices, poetry and hula, the healing arts, and many other Hawaiian customs.


This magnificent volume is presented exclusively in the Hawaiian language.


Little personal information is available on the historical Hawaiian writer, Ho`oulumahiehie, but he was a prolific teller of traditional and foreign stories whose works were frequently published in the late 19th and early 20th century newspapers. This tale was originally published as a six-day-per-week serial column in the Hawaiian-language daily Ka Na`i Aupuni in 1905 and 1906.


Dr. Puakea Nogelmeier has taught Hawaiian language, literature and translation at the University of Hawai`i, Manoa, for 25 years, and is Director/co-founder of Awaiaulu: Hawaiian Literature Project, which was established to train a new generation of translators and generate bilingual resources. These two volumes of Ho`oulumahiehie’s saga, in Hawaiian and English, are the products of those efforts.

 

 

日本には卑弥呼伝説や徳川埋蔵金など埋蔵金伝説があったり、エジプトのピラミッドやナスカの地上絵など・・

世界にはいたるところに謎とされていることが多々あります。

文化や歴史があれば、そこには公にできない秘密や謎は残るものだと思います。

 

ところで、ハワイ最大の謎といえば、なんだと思いますか?

 

 

ハワイでは家族を大切にする習慣があります。それは先祖に対しても同じです。

古代ハワイでは、故人の遺骨が冒涜されないように人里はなれた山奥や断崖絶壁などに隠していました。

 

これが、王族の遺骨ならなおさらのことで、厳重に守られ、注意深く隠されてきました。

 

カメハメハ2世以降の王族の遺体は、1865年に完成したロイヤル・モザリアム(王家の霊廟)に

安置されており手厚く保護されています。

*注:ハワイ王国6代目のルナリロ王の遺体は遺言により、カワイアハオ教会の墓地に母親と共に

  埋葬されています。

時代が変わってからは、王家だけでなくそれまで土葬されていた一般の人々も墓をたて

納骨されるようになります。

 

さて、ここまで書けばもうお分かりかと思います。

そう、ハワイ史上最大の謎とは、カメハメハ大王の遺体が見つかっていないことです。

 

カメハメハ大王の墓を発見するというのは、ハワイ考古学の夢なんだそうですが

発見されたら、エジプトのツタンカーメン王の墓が発見されたことに匹敵するといわれています。

 

大王の墓についてはいくつもの噂があります。

 ハワイ島・ワイピオ渓谷に眠っている。

 コハラコーストの海中からしか行けないとある洞窟に眠っている

などなど・・・

 

カメハメハ大王といえば、その出生にも謎があるがされていますが

ハワイ諸島を初めて統一して1810年にハワイ王国を建国、初代国王となった人物であり

ハワイ隋一の歴史的人物であることに違いありません。

King_Kamehameha.jpg

 

前述したように、ハワイでは先祖を敬い大切にしていますから、墓を発見することは

必ずしもいいことだと言えませんが、夢とロマンを秘めた謎であることは確かです。

もしかしたら、カメハメハ大王についてのOliやチャントの中にその秘密が隠されているかもしれませんね。

 

 

Pua Lililehua

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この曲は、ハワイ語の権威であるメアリー・カヴェナ・プクイとカハウアヌ・レイクが作った曲で

結婚式などでその美しいメロディに合わせて花嫁がフラを踊ったり、花嫁に贈ったりする曲と

して知られています。

私も、この曲は大好きで自身の披露パーティーで演奏しました。

 

 Puaは、一般に「花」を指すハワイ語

 Līlīlehuaは、サルビアの一種

ですので、「Pua Līlīlehua」は、花を題材にした曲と言うことになります。

 

しかし、ハワイの曲には「カオナ」と言われる隠された意味があることはご存じだと思います。

 

カハウアヌは、密かに恋心を抱いていたクムフラ、マイキ・アイウ・レイクに対してその想いを

歌にしたいと考えていました。

そこで、メアリーに内密に相談します。

カハウアヌの想いを知ったメアリーは、ある伝説*を元に詩を書きタイトルをつけたのだそうです。

 


 *ある伝説とは...

  パホアと言うモンスターが、いつも水浴びをしているリリレフアという美しい娘に

  いつしか恋をするというお話。

  パホアは、ある日現在のカイムキという街に立っているヒイアカを見かけます。

  そこで、急いでルアウ(宴)の準備をし、ヒイアカに料理を振る舞います。

  もてなしを受けたヒイアカは自分に何かできることはないか?と訪ねます。

  パホアは、リリレフアが自分の愛に応えてくれない。どうしたらいいかと相談します。

  ヒイアカは、自分が手助けをする前にもう一度リリレフアを見てくるよういいます。

  そのとき、リリレフアは別の男性の腕に抱かれていたのです。

  その光景を見たパホアは、ひどく傷つきますがあきらめたとヒイアカに伝えます。


と、いったなんとも切ないお話です。



マイキは、当時パロロの町に住んでいたこともあり、メアリーはこの伝説を思い出し詩にしたのです。

叶わぬとわかっていても密かに高鳴る胸のうちを歌った「Pua Līlīlehua」


Puaには、カオナとして「人」を指す意味があります。

つまり「Pua Līlīlehua」は、「Līlīlehua」という「人」のことを意味しているのです。

 

 

カハウアヌとマイキは、1972年6月にカワイアハオ教会で密かに結婚式を挙げます。

このとき、カハウアヌはマイキを想って作った曲だと言うことを初めて告白します。

 

しかし、この日以来マイキは自分の事を歌われているこの曲を踊らなくなったそうです。

 

 

ところで、詩の内容については勝手な解釈をしてはいけないと言われますが、この曲には

もっと隠された意味があるのではないかと思っています。

 

上述の伝説では最後あきらめたとありますが、

 

 Pua: 「人」

 Līlī: 「嫉妬」

 Lehua: 「オヒア・レフア」

 

とすると・・・

オヒア・レフアは、ご存じ火の女神・ペレの化身で「赤」を象徴する木です。

ペレは、大変嫉妬深いことでも知られています。

 

そう考えると、抱いていた恋心は実はレフアの花のようにパッと飛び散り、赤く燃えるような

嫉妬心へと変わっていったのではないか?

詞の内容ではそう読み取れる部分はないので、あくまで個人的見解ですが

隠された意味を考察していくと、夜も眠れなくなってしまいます(笑

 

Queen Lili`uokalani : 1838?1917

ハワイ王朝8代目の王で最後の王。

『Aloha O’e(アロハ・オエ)』(=あなたに愛を)の作曲者として知られています。

 

本題に入る前にちょっと横道へ...

アロハ・オエは『悲しみの曲』として捉えられていますが、ハワイで作られる詩には、複数の意味があったと
言います。(このような作り方を「Kaona(カオナ)」と言います。)

言葉の示す表面的な意味とは別の意味が隠されています。

カオナの伝統を念頭に置くと、アロハ・オエにも重層的な意味合いがあると考えられます。

愛する人との別れを惜しむ気持ち・再会への希望・ハワイの自然を讃える気持ち・ハワイの起源を語る
創世神話「クムリポ」など、ハワイアンの伝統と文化を大切にする気持ちがみてとれます。

なお、ホノルルのダウンタウンにあるワシントン・プレイス(現知事公邸)には、アロハオエを作曲した際に

使用したといわれるコア製のグランドピアノが保存されています。

このピアノはコアの資材をニューヨークに送り、職人の手でグランドピアノに作り上げられ、

リリウオカラニ女王に捧げられた歴史あるピアノだそうです。

 

Aloha O’eといえば、女王の親友で女学校の校長先生であったゾイ・アトキンソン女史に

自らが作曲した『Aloha O’e』の文字を入れたゴールドをプレゼントしたと言われています。

1862年リリウオカラニが当時親交の深かったイギリスのヴィクトリア女王の喪中

(アルバート公死去の追悼)のために作らせたジュエリーがあります。

これが「ハワイアンジュエリー」の始まりだと言われています。

(正式名称は「ハワイアン・エアルーム・ジュエリー」(代々伝わる家宝)です。)

このジュエリーは、ゴールドにハワイ語で『Ho`omana`o Mau』(=永遠なる想い)の文字が刻まれ、

黒のエナメルが焼き付けてありました。

 

ちなみに、フラを踊るときには、ハワイアンジュエリー等は一切身に着けません。

ハラウによっては、時と場合に応じてバングル等を認めているようですが、伝統的カヒコでは着用しません。

 

 

さて、ここから本題です。

ハワイには、カメハメハ大王をはじめ多くの銅像があります。

リリウオカラニ女王の銅像もイオラニパレス(アメリカ唯一の宮殿)とハワイ州政庁の間にあります。

liliuokalani2.jpg

 

1982年に建立されたこの像は細部にわたるまで実によく造られており、

首には王族の象徴であるLei niho palaoa(鯨の骨で作られたネックレス)がかけられ、

左手には「Aloha O’e」の楽譜とハワイの創世神話・クムリポの草稿、そして発布されることのなかった新憲法を持っています。

liliuokalani.jpg

 

この銅像は「リリウオカラニ女王の精神」と名付けられているのですが、

どういうわけか州政庁の方を向いて建てられているのです。

つまり、”アメリカ”の方を向き、ハワイ王朝のシンボルでもあるイオラニ宮殿に背を向けるようにして
建っているのです。

イオラニ宮殿は、白人によるクーデターが起こった際の舞台となった場所で

リリウオカラニ女王が8ヶ月間幽閉された場所であることからこの向きになったという説も

あるようですが、真相は定かではありません。

あくまで個人的な見解ですが、その立ち方から背を向けているというより、外圧に屈せずハワイを守ろうと

立ちはだかっているのではないかと感じます。

 

悲劇の女王」と形容される、リリウオカラニ女王

とはいえ、ハワイの人々にとってはやはり特別な存在であり、フラやチャントの主題として 

数多く取り上げられています。

 

 

日本でもおなじみのハイビスカス。南国情緒を引き立たせる花ですよね。

 

一般的に「aloalo」というハワイ語で表現されますが、これはハイビスカス全般を

指すハワイ語で、ハワイ固有のハイビスカスは「koki`o」(コキオ)といいます。

 

コキオには、5種の indigenous(人間の手によらずに繁殖した、ハワイを含む他の地域での在来種)と

5種の endemic(人間の手によらずに繁殖した、ハワイのみで見られる固有種)があります。

これらの固有種には、

 ・白いハイビスカス

   ハワイ語名: koki`o ke`oke`o / コキオ・ケオケオ

   学名   : Hibiscus arnottianus subsp. immaculatus

    Ke`oは「白」を意味するハワイ語

 ・赤いハイビスカス

   ハワイ語名: koki`o `ula / コキオ・ウラ

   学名   : Hibiscus kokio

    `ulaは「赤」を意味するハワイ語

 ・黄色いハイビスカス

   ハワイ語名: ma`o hau hele / マオ・ハウ・ヘレ

   学名   : Hibiscus brackenridgei

などがあります。

Kokio.jpg

 

ちなみに現在のハワイ州花となっているのは、黄色いハイビスカスですが、

1988年までは赤いハイビスカスが州花(1923年に認定)でした。

この黄色いハイビスカスは非常に希少種で、絶滅の危機にあります。

街中のあちこちで見られる黄色いハイビスカスは交配種で、州花に指定されている固有種は

交配種と比べると、花がやや小柄なのだそうです。

 

 

ハワイの州花であり、ハワイを代表するハイビスカスですが、レイにはあまり使われません。

 

レイは、見た目の美しさはもちろんですが、草花を使うレイにおいては「香り」も重要とされています。

そのため、見た目には色鮮やかで華やかなハイビスカス、ブーゲンビリアなどは香りが少なく、

レイに使われることはあまりないのだそうです。

 

 

 

Hulaは古来、自然や神に捧げるためのものであったといわれます。

踊り手はMeleの意味を理解し、その情景を思い浮かべて踊りで表現します。

 

そのことを如実にものがたった出来事がありました。

 

2006年のMerrieMonarchFestivalでMissAlohaHulaに

Na Lei O Kaholoku(Kumu: Nani Lim Yap & Leialoha Amin)からエントリーして

見事Miss Aloha hulaの栄冠に輝いたnamakana

 

この時、踊った曲はAuanaもKahikoも、雪の女神・ポリアフにちなんだ曲でした。

 

大変申し訳ありませんが、動画はリンクをクリックしてご覧ください。

◆[Miss Aloha Hula 2006 [Auana]]

◆[Miss Aloha Hula 2006 [Kahiko]

 

憂いを帯びた表情がなんともいえませんが、実はこの時namakanaが踊った後

会場が冷気で包まれたといいます。

マウナケア山の方から冷たい風が吹いていたのだそうです。

 

Festivalが行われるヒロの夜は時折冷え込むこともあるのだそうですが、その夜は

極端に寒かったそうです。

そのとき審査員をされていた、あるKumuは、

「namakanaの見事なHulaにポリアフが喜び、山から降りてきたのだろう」

とおっしゃったそうです。

 

そういう話を聞いて映像を見なおしてみると...

会場で観覧している方々が長袖の上着を着ているのが目につきます。

 

 

manakanaは、ポリアフに関する曲を踊ると決まってから、マウナケアに3度訪れ、

ポリアフの伝説が残る場所に足を運び、またあらゆる文献を読みあさったそうです。

そして...単にHulaを踊ったというより、彼女自身がポリアフになりきったのかもしれません

 

MerrieMonarchFestivalではこの時と同じような語り草になっている出来事があったといいます。

それは、またいつかふれてみたいと思います。

 

雨:Ua

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夜には虫の音も聞こえ始めて、秋の気配を感じる今日この頃...

9月7日は「白露(はくろ)」でした。

二十四節気の一つで、気温が低くなって草木に露が付き、秋の気配が感じられるころとされます。

 

さて、秋から連想されるものは多々ありますが、今回は「台風」や「秋の長雨」にちなんで

「雨」についてふれてみます。

 

日本では、雨といえばなんとなく「ネガティブになる象徴」のように言われますが、

古代ハワイでは、雨は「神の装飾品」(kahiko O Ke Akua)と呼ばれていました。

 

雨によって大地は潤い、そして大地から恩恵を受けている”ということを

知っていたからこその比喩といえます。

 

そして、雨に関していえば、ハワイ通でなくてもご存知の有名なことわざがあります。

(オバマ大統領が口にされたことでかなり有名になりました。)

 

  「No Rain, No Rainbow

   *雨なくして虹はなし

 

「辛い事を乗り越えてこそ本当の喜びがある」

という意味ですが、ハワイでは自然に対して畏怖の念を抱いていますので

”雨”を「嫌なこと」「ネガティブ」なものとして捉えていません。

 

ハワイに伝わる古いOliの中でも「雨」は

  喜び、生命、成長、緑、幸運

などを象徴するものとして形容されているのです。

 

 

Hulaをやってる方ならハンドモーションでさまざま雨を表現するので

ご存知だと思いますが、一言で雨といっても、その降り方で表現も変わってきます。

 

 冷たく厳しい雨: Ua Awa

 大粒の雨   : Ua Hekili

 シャワーのような雨 : Ua Naulu

 大地を潤す雨 : Ua Hanai

 霧雨 : Uakeka

 激しい雨 : Ua Lanipili

 小雨 : Uaoa

     ・

     ・

     ・

これは、ホンの一部です。

ハワイ語辞書で、雨の項を引かれるとわかると思いますが、相当数のWordが並んでいます。

 

また、ハワイ各地には特定の場所で降る雨をあらわす固有名称が多数存在します。

オアフ島・ヌウアヌ地区の雨は、Uamakalaukoa(コアの木の葉の真ん中に降る雨)

と呼ばれていますが、このような固有の名称が

オアフ島に15、マウイ島に12、ハワイ島に9、カウアイ島に4 あるそうです。

 

ハワイといえば、「太陽、青い空、青い海」が代名詞みたいになっていますが、

私は、どちらかというと雨の降った後の空気感の方が好きかもしれません。

 

 

特別な数字:`eha

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数字には国や文化によっていろいろな意味合いがあるとされていますが

ハワイでは古来より「4」という数字が特別な意味をもつとされています。

 

自然との調和とバランスを重視するネイティブの人たちの間では、

最も聖なる数字とされ、あらゆる儀式を4という数字の中で行ったといわれています。

 

「東西南北」や「4つの人種」のように、世界は4つの事柄で出来ていて、

円を描くこの4つの事柄は最もバランスのとれた数字とされています。

また、「4」を意味する`ehahaは、AlohaのhaやMahaloのhaと同様

息(=魂,命)を意味し、そこからも特別な数字であることをうかがい知ることができます。

 

ほかにも...

 四大神、マナカードのカードの数(44枚)、フラのステップ(4拍子)、

 ウクレレの弦の数(6弦や8弦もありますが・・)

 「na moku eha」(「4つの島」の意)という曲などなど。

 

このように、ハワイ文化の中には、いたるところに「4」という数字が出てきます。

*神聖な数字としての意味合いが含まれているかどうかは不明ですが・・

 

 

以前、クムフラでカフナでいらっしゃるフランク・ヒューイットさんの講演を聞きに行ったときに

『指が4本に見えるように指先にまで神経を集中して踊っている』と

おっしゃってました。

また、『指が4本だったらよかったのに』と冗談交じりに話されたのがとても印象深かったです。

 

日本では、その語呂合わせから忌み嫌われる数字ですが、漢字にすると

一から九の中で唯一、囲みを持った数字です。

「円を描く・・・」という意味では、相通じる部分があるのかもしれません。

また、風水では”4”は、「縁を結ぶ」と言われています。

 

私ごとの余談ですが、ハワイアンカルチャー好きが講じて、何かと4という数字に

ご縁があったことから、とことんこだわって44歳の4月4日に入籍しました(笑

 

 

ハワイアン・ネーム

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ハワイアンにとって、名前はとても神聖なものであり

人に名前を授けてよいのは、一般に親・クムフラ・カフナの三者とされています。

 

「Na Inoa」の記事でも触れましたが、ハワインアンの信条によれば、

名前は与えられたその時から霊的なパワーをもち、その人の健康状態から幸福・寿命にまで

影響するとされていました。

ハワイアンネームを与えるということは、重みと責任のある行為なのです。

 

ハワイアンのほとんど人がハワイアンネームをもってはいますが

出生証明書には記されていないことがほとんどなのだそうです。

 

現在では、単に呼称や愛称として使っている人も少なくないようですが、

これらにも歴史的理由があります。

 

そのひとつが、カメハメハ4世が治世していた1860年に名前に関する法律が制定されたから

といわれています。

その法律では、 「子供にはクリスチャンネームをつけること」という項目があったそうです。

意外と知られていないのですが、ハワイ語やフラが弾圧された時代に、ハワイアンネームを持つことさえ

禁じられていたのです。

 

ちなみにこの法律が廃止されたのは、1967年のこと。

「ハワイアンネーム」は、約100年もの長きに渡り、法によって禁じられていたのです。

 

 

このようにハワイアンネームというのはハワイアンにとってとても大切なものなのですが

フラが普及していく中で、ビジネスとして使われているという話も聞きます。

悲しいことですが、誰からも尊敬されなければならないクムフラの中には「ハワイアンネーム」を

お金で売っている方もいらっしゃるのだとか・・・。

 

尊敬すべきクムフラに意見をいうのはいかがなものかと思うのですが、

「お金さえ出せば」的な発想を持つこと自体とてもナンセンスなことだと思います。

日本にも、そうやって手に入れた名前をいかにも正規につけてもらったかのように

「ハワイアンネームを頂いた」と触れ込んでいる方がいらっしゃると聞きます。

 

時代の流れといってしまえばそれまでなのでしょうが、

ハワイアンがハワイアンであるための名前さえつけられなかった時代があったこと、

またその奥にある深い意味をキチンと理解しなければいけないと感じます。

 

 

Na Inoa(ナ・イノア)

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「イノア(Inoa)」とは”名前”のことです。

ハワイアンにとって自分の名前というのは単なる呼び名ではなく、

名前そのものにさまざまな深い意味合いがありました。

日本人の名前も、漢字やひらがなの組み合わせによってさまざまな意味を持つように

ハワイアンの名前にもさまざまな深い意味合いが込められていました。

 

彼らの名前の中にはいくつかのジャンルがあります。

何かの記念となる出来事や著名な方や聖人、偉大な場所などの名前を取り込む場合がひとつで、

これは主に西洋文化がハワイイに入り込んできてからの考え方になります。

次に家族の中の先祖の名前から名前をいただく場合で、通常は生まれた赤ちゃんが男の子だった場合は

父方の先祖の名から、女の子だった場合は母方の先祖の名からいただいて命名するようです。

 

そのような彼らの名前の中で最も神聖な名前とされているのが「イノア・ポー(Inoa pō)」、

ナイト・ネーム(夜の名前)と呼ばれるもので、新しい命が生まれる際に、その新生児の名前は

彼らのアウマクア(先祖のスピリッツ)から夢や囁きによって既に決められているといいます。

たとえば、家族の一員が妊娠したとします。

そうすると赤ちゃんを身ごもった本人、もしくは家族の中の誰かがその赤ちゃんに関する

象徴的な夢を見たり、その新しい命を「?と呼びなさい」という啓示を受け取ったりするそうです。

その夢がとても抽象的な場合は、家族の中もしくは家族の属するコミュニティの中の

長老や夢解釈人を訪ねて、もたらされた夢の意味を解釈してもらい、そこから導き出される

名前を命名するのだそうです。

 

 耳元で囁かれることを、「イノア・ウーラーレオ(Inoa ‘ūlāleo)

  誰かが何かのビジョンを見たりサインを見たりすることを「イノア・ホーアイロナ(Inoa hō’ailona)

  先祖の名前を許可の下いただいて名づけることを「イノア・クプナ(Inoa kupuna)

  過去の有名な出来事や英雄伝説等のチャントから名前をつけたり、その他何かから

  名前をとってつける場合を「イノア・ホオマナオ(Inoa ho’omana’o)

 と呼びます。

 

このような状況で命名された名を持つ子供は、大体がその名前が持つ意味合いの

生涯をおくるのだそうです。

たとえば癒しに関する意味が含まれていればヒーラーに、花に関する名前であれば

レイメーカーとして のように。

 

このようにして授けられた名前をその赤ちゃんに命名しなかった場合は、それに対するアウマクアの

警告として、その子供に何かしらの不調和や病気、事故が起こるとされています。

また、かのカメハメハ大王のように人生の中で起こるイベントごとに名前を付け加えていくことも

多々あるようです。

*カメハメハ大王の正式名称は

Kalani Pai`ea Wohi o Kaleikini Keali `ikui Kamehameha o `Iolani i Ka `iwikapu kaui Ka Liholiho Kūnuiākea

 

 

フラから生まれた楽器

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フラから生まれた楽器

 

フラを踊るときに使われる楽器は、Hulaの一部でありHula同様

自然や祖先とつながるもの”といわれています。

 

Ipu、Ipuheke、`Ulī`Ulī、Pūili、Ohe Hanu Ihu、

Kā `eke`eke、Kala`au …..

 

 

これらの楽器は、古くからフラを踊る際に音やリズムを奏でるために

使われた、まさにフラを踊るためだけにいにしえの人々が作りだした

フラのための道具です。

 

フラは、自然界の神々や敬うべき自身の先祖への捧げものであり

それらと心を通わせるための方法の一つであったため、そこで使われる道具も

選び抜かれた自然界にある素材が使われ、代々大切に受け継がれました。 iliili.jpg

【 `Ili`ili 】

 

ka kalaau.jpg

【 Ka Kala`au 】

 

Puniu.jpg

【 Pūniu 】

 

 

ただ打ちつけて音を出す・・作りとしては素朴で簡素なものが多いですが

無用な手を加えない自然界の素材でなければ出せない音色を奏でることが

できたのです。

 

TokyoHulaFestival2009

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ハワイが辰巳にやってくる!

東京フラフェスティバル2009が下記日程で開催されます。

 

■開催日時

11/26(木)11/27(金)10:00 ~15:00

11/28(土)13:00 ~18:30

11/29(日)10:00 ~17:00

■場所:東京辰巳国際水泳場(東京・辰巳)

 

■入場料:1日券前売り4,500円、当日5,000円、2日間券前売りのみ8,500円

■主催:東京フラフェスティバル実行委員会

 

   東京フラフェスティバル.jpg

2日間のスペシャルワークショップとメレフラ、フラショーで構成される4日間。

巨大な水泳場がハワイになります!

ワークショップ担当はクムフラ、チンキイ・マホエとクムフラ、トレーシー・ロペス。

メレフラ&フラショーには、クム、フランク・ヒューエットやナタリー・アイ・カマウウ、アーロン・サラなど豪華出演者が予定されています。

 

詳しいタイムスケジュール等は、公式ホームページをご覧ください。

→  http://tokyohulafestival.com/

 

Asing Rule

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ハワイアンは、古から家系ごとに”アウマクア”と呼ばれる守り神を持っています。

単なる守り神ではなく、先祖の魂のようなものが自然のものに姿を変え

見守ってるいるといったイメージです。

危険から身を守り、正しい方へと導いてくれたり、気づかせたりしてくれるものとして、

大切にしてきました。

 

生き物から、石、自然現象にいたるまで、ありとあらゆるものに魂が宿るとし、

神聖なものとして捉えています。

 

ハワイアン達には、自然と人間がお互いに影響し合いながら成り立っているという

感覚が根付いているのです。

動物に出会ったり、雨が降ったり、虹が出ることなど、それらは単なる偶然ではなく、

また自らに関係ない自然現象ではなく、何かのサインであると注意深く観ているのです。

 

ハワイアンの自然に対する姿勢の表れとして”Asing Rule”というのがあります。

草花を摘むとき、どうして草花を摘むのかを話し、摘み取って良いかを尋ねるのだそうです。

木を切るときも、石を動かすときも、なぜ切るのか、なぜ動かすのかを尋ね、

確信が持てたとき、はじめて手を加えます。

 

Hulaで使用するLeiを作るときも、許しを得て必要なだけ摘むといいますが

これも、”Asing Rule”に基づいているんですね。

 

 

 

Hula発祥には、諸説があることはご存知のことと思います。

フラの女神・ラカの生誕地でありフラが誕生したといわれている

モロカイ島の伝説にふれてみます。

 

 

西洋文化が入ってくる以前から口承で伝わる

Moloka`i Mo`olelo」(モロカイの歴史)によると

現在のKa`ana(カアナ地区)こそがHula発祥の地であるといわれています。

 

モロカイ島に伝わるチャントによれば、La`ila`i(ライライ)という名の

女性がやってきてPu`u Nanaの丘にあるカアナに住みはじめたと伝えられています。

 

彼女は踊りの名手で誰も目にしたことのない珍しい踊りを紹介しました。

それまでにない優雅な彼女の踊りを見るために、ほかの島からも

多くの人々がモロカイ島を訪れ、影響を受けたといいます。

ライライの死後、フラという芸術は人々に公開されなくなり

その技能は5代にわたって直系の子孫にのみひっそりと受け継がれていきます。

 

神聖な踊り・フラはカアナの地でのみ密やかに踊られてきたのです。

 

ライライから数えて5代目の子孫としてLaka(ラカ)が生まれ

踊り手Lakaは、姉のKapo`ulakina`uからフラの技術を伝授されます。

 

それまでのライライ一族とは異なり、ラカは掟を破ってモロカイ島を離れ

彼女が受け継いだ踊りの技術をほかの島々に広めようと決意します。

その結果、フラという芸術は全てのハワイの島々に伝わることになり

現在にいたるまでラカは最初のフラの踊り手として人々に記憶される

ことになったのです。

 

 

Hulaを教わるときの心得

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Pa’a ka waha, nānā ka maka; hana ka lima.

* 口を閉じ、目をしっかり見開き、体を動かしなさい。

 

ハワイでは古くから人からものを教わるとき、

言葉ではなく目で学ぶ(そして、体で覚える)

というのが習慣となっていました。

 

これも”文字”という文化が存在しなかったことが影響しているといえますが、

例えば、星の位置による航海術「スターナビゲーション」などのように、

物事の本質を見極める”観察眼”に優れていたといえます。

 

このことは、Hulaを教わる場面でも根付いています。

伝統を重んじるHālauでは、現在でもその習慣がしっかり受け継がれています。

 

ハワイのクプナの話とかをみていると、彼らが子供の頃フラを習っていた時は、

今のようにノートをとることは許されず、理解できないことがあっても、

クムには一切質問できなかったといいます。

教わっている間は一切の私語は禁止されていたのです。

 

言葉の意味は何なのか?曲の背景はどういったものなのか?

などの質問も一切できなかったのだそうです。

クムは生徒に必要なことだけを教え、生徒は与えられたことだけを完璧に理解するのです。

 

時代は流れ、西洋文化が流入し生活文化も変わってしまいましたが、

口を閉じ、意識をしっかり集中して観察する」という意識は

今も、ハワイの人々の習慣としてしっかり残っているのです。

 

 

日本でも、ハワイのクムが来られてワークショップなどで教えられることがありますが、

質問の時間以外に、「ここ分からないのでもう一度やってください」などということを、

踊りの指導中にいおうものなら、厳しいクムからはお叱りを受けることもありますから

要注意です。

 

日本人は、とかく「頭で理解」しようとする傾向があるそうですが

Hulaにおいては

 目で見て、耳で聞いて、”言葉”(=踊りの意味)を理解しようとする意識

を持つことが大切なんですね。

 

 

ハワイの現在時刻





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